中央線 荻窪 西荻窪

荻窪駅(おぎくぼえき)は、東京都杉並区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)のである。

JR東日本の中央本線、東京メトロの丸ノ内線が乗り入れ、接続駅となっている。
荻窪の街は、大正から昭和初期にかけて東京近郊の別荘地として「西の鎌倉、東の荻窪」と称され、以来閑静な住宅地として知られているが、駅前周辺は東京で有数のラーメン荻窪ラーメン)店激戦地として知られる。また、地域としてクラシック音楽を支援しており、多くのコンサートが開催されている。2000年代後半以降はカレーショップが増え始めている。
荻窪(おぎくぼ)は、東京都杉並区の中央部にある地名。現行行政地名では、荻窪(おぎくぼ)一丁目から五丁目まで、南荻窪(みなみおぎくぼ)一丁目から四丁目まで、上荻(かみおぎ)一丁目から四丁目までが存在する(いずれも住居表示実施済み区域)。歴史的には西荻北及び西荻南も範囲に含む 住居表示実施後の公称町名としての荻窪は、北側でJR東日本中央本線を境に上荻と、東側で成田東と、南側で五日市街道付近まで延びて成田西及び高井戸東と、西側で環八通りを境に南荻窪とそれぞれ接する区域であり、ほぼ中央を善福寺川が流れる。
汎称地名としては、JR東日本中央本線・東京地下鉄丸ノ内線荻窪駅周辺の地域で、公称町名としての荻窪に加えて、荻窪に由来する名を持つ南荻窪、上荻や、さらには中央線~早稲田通り間の天沼本天沼清水荻窪警察署等がある桃井、今川の全部または一部を含む地域を指すことが多い。なお、西荻窪(西荻北及び西荻南)は歴史的に荻窪村の一部であり、荻窪の名を含むが、今日では荻窪に含められることはほとんどない。
荻窪という地名の由来は、この地を訪れた旅人が辺に自生していたを刈り取って草堂を造り、観音像を安置し荻堂(おぎどう)と名付けたことと、周辺の地形が窪地であったことによると伝えられる。荻堂のあった場所は、現在では慈雲山荻寺光明院という寺になっている。
荻窪は、大正から昭和初期にかけて東京近郊の別荘地として西の鎌倉、東の荻窪と称され憧れの的だった。1927年(昭和2年)に与謝野晶子与謝野鉄幹が南荻窪に居を構え、さらに1937年(昭和12年)に公爵内閣総理大臣近衛文麿が別荘「荻外荘(てきがいそう)」を構えたところから閑静な住宅地として評価が高まり、井伏鱒二棟方志功阿部知二戸川秋骨石井桃子尾崎喜八などの作家・芸術家、 音楽評論家大田黒元雄など 多くの文化人が移り住んだ。井伏鱒二著の『荻窪風土記』には、戦前から作家、画家等の知識階層が多く住み、荻窪の文化を形成していったことが書かれている。 その歴史と文化は今でも邸宅が並ぶ住宅街に生きづき、特に南荻窪一丁目、二丁目、三丁目、四丁目、荻窪三丁目、四丁目、上荻は高級住宅地として知られている。 ちなみに大田黒元雄の屋敷跡地は大田黒公園、角川書店創始者、角川源義の邸宅は角川庭園となり杉並区の施設として一般公開されている。
1980年代半ばの初期のラーメンブームにおいて大きく取り上げられた「荻窪ラーメン」で有名であり、現在でもラーメンの老舗が多くある。
地域内の町名 [編集] 荻窪 [編集] 地域南東部に位置する。一丁目から五丁目まである。当地域の人口は22,466人(2010年7月1日現在。住民基本台帳による。杉並区調べ)地域北部はJR線の線路に接し、これを境に上荻に接する。地域北東部は阿佐谷南に接する。地域東部は成田東に接する。地域南東部は成田西に接する。地域南部は高井戸東に接する。地域西部は環八通りに接し、これを境に南荻窪に接する。地域北部は荻窪駅の南口にあたり、商店などが見られる他は住宅地になっている。
南荻窪 [編集] 地域南西部に位置する。一丁目から四丁目まである。当地域の人口は12,824人(2010年7月1日現在。住民基本台帳による。杉並区調べ)地域北部はJR線の線路に接し、これを境に上荻・西荻北に接する。地域東部は環八通りに接し、これを境に荻窪に接する。地域南部は宮前に接する。地域西部は西荻南に接する。地域内は主に住宅地になっている。
上荻 [編集] 地域北部に位置する。一丁目から四丁目まである。当地域の人口は11,844人(2010年7月1日現在。住民基本台帳による。杉並区調べ)地域北部は青梅街道に接し、これを境に桃井清水天沼に接する。地域南部はJR線の線路に接し荻窪・南荻窪に接している。地域西部は善福寺・西荻北に接する。一丁目と二丁目を分ける形で環八通りが縦貫している。地域南部は荻窪駅の北口にあたり、商店などが見られる他は住宅地になっている   北口 [編集] 北口ロータリー(2011年9月18日) ルミネ 荻窪店 荻窪タウンセブン 西友 荻窪店 西友荻窪郵便局 以上は西口からもアクセスできる。また、ルミネへは東端改札外のコンコースから直接地下1階にアクセスできる。
インテグラルタワー大林 - 元は日本DECの本社だったが、その後の合併に伴いコンパック日本ヒューレット・パッカード(同社荻窪事業所)とテナントが変わっている。その日本HPも2011年に江東区に建設した自社ビルへの移転で退去した。荻窪近辺では最も高いビルである。 新星堂 本社 杉並公会堂 - 西口の方が近い。 天沼弁天池公園 杉並区立郷土博物館 分館 天沼八幡神社 東京衛生病院 - 敷地内にあるセブンスデー・アドベンチスト天沼教会は荻窪教会通り商店街の名前の由来にもなっている。 荻窪税務署 杉並四面道郵便局 青梅街道東京都道4号東京所沢線東京都道5号新宿青梅線、荻窪駅前商店街) 環八通り(東京都道311号環状八号線) 四面道交差点(青梅街道と環八通りの交差点) 南口 [編集] 南口(2008年2月24日)
手前に南口b、道路を挟んで奥(線路側)に従来からの南口が見える。 南口に面した道路は、以前は幅員が狭く路線バスタクシー、送迎車などが錯綜する状態にあったが、拡幅されたことでおおむね解消された。この道路は元々一方通行で、拡幅後は双方向通行になる予定だった。しかし、地元の反対によって暫定的に一方通行が維持されている。
また、南口から商店街「荻窪南口仲通り商店会」側に渡る横断歩道(右写真の右端)には信号機が設置されていない。そのため、関東バスが委託する警備員が交通整理を実施しているにもかかわらず、歩行者とバスとが交錯し、危険な状態にあり、かつバスの定時運行の妨げとなっていた。この対策として、丸ノ内線改札部分を南側に拡張し、道路を渡った箇所に新たに出入口(南口b)が設けられた。この出入口にはエレベーターも設置されている。しかし、エスカレーターが設置されているのは道路手前の南口のみである。そのため、駅の階段を降りる方向である商店街側から駅方向へは新設の南口bの利用者が増えたものの、駅から商店街方向への上りはエスカレーターが使える従来の南口の利用者が多く、効果はあまり発揮されていない。このため、依然として警備員による交通整理が実施されている。
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド日本支社 東京都立荻窪高等学校 杉並区役所 荻窪駅前事務所 杉並区杉並保健所 荻窪保健センター 杉並区立中央図書館 杉並区荻窪体育館 杉並区荻窪地域区民センター 荻窪四丁目郵便局 大田黒公園 西口 [編集] 西口南側(2008年2月24日)
右手に丸ノ内線荻窪駅に通じる下り階段がある。 環八通り(東京都道311号環状八号線) 北側 [編集] 杉並公会堂 荻窪 なごみの湯 荻窪ユアボウル 白山神社 カメラのさくらや - かつて存在したさくらやとは別法人。 南側 [編集] あんさんぶる荻窪 杉並福祉事務所 荻窪事務所 杉並区荻窪北児童館 杉並区消費者センター すぎなみ環境情報館 杉並児童相談所 荻窪自動車学校 東京電力 荻窪支社

中央線 西荻窪駅

西荻窪駅(にしおぎくぼえき)は、東京都杉並区西荻南三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線である。
運転系統としては、急行線を走る中央線快速電車、および緩行線を走る中央・総武線各駅停車の2系統が停車する。ただし、中央線快速電車は平日ダイヤ時のみ停車する(「中央線快速#快速停車駅に関する議論」も参照)。また、中央本線内では特定都区市内制度における「東京都区内」エリアおよび東京支社管内の最西端の駅である。
駅周辺は道が狭く、南口は駅前広場も十分とはいえない広さである。しかし、その狭小ぶりが西荻窪の独特な街の空気を醸成しているともいえる。
アンティークショップ古書店が多い。商店街は駅の北と南に広がるが、北口の方が栄えている。南口に大きなピンクのゾウのモニュメントが置かれている。

西荻窪(にしおぎくぼ)は、東京都杉並区の旧地名[1]1970年に廃止された[1]。1-3丁目が存在した[1]西荻窪駅が存在することから、現在も近隣の汎称地名として用いられる。通称は西荻(にしおぎ)。西荻を冠した町名はには西荻北一丁目から五丁目と、西荻南一丁目から四丁目まであるが、そのほか近隣の松庵善福寺宮前も汎称地名としての西荻窪の範囲に含まれることがある
住居区域上はJR東日本中央線西荻窪駅を中心に都道113号(女子大通り)善福寺川を北縁とし、五日市街道を南縁とする[要出典]。
住居表示上「善福寺2丁目」にある東京女子大学を代表とした文教地区としても知られ、アンティーク雑貨店古書店が多いことでも知られる。カウンターカルチャーの店がいくつか入ったほびっと村などが有名。

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東京都国分寺市南町3-14-6
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